2012年8月19日日曜日

戦略

サボリ気味だったのは、自分でも良く判っているし、
でも、どうにも筆というかキーを叩く気がしなかったのは、
恐らくフライに迷いが出てきた為だろうと思う。

ひとつは、ラインである。
WF-Floating Line で wet fly での釣りから入った私は、
このところ、攻めきれないロケーションに遭遇するのだった。
岩盤の裂け目や巨大な岩陰に潜む相手を引っ張り出すと言う、
新たなタックルが必要になっていた。

ふたつ目は、フライである。
Wet Fly 一辺倒では、釣れる種類やサイズが自ずと定型化してしまう。

「どうにかしなきゃ」

そんなことを思いながら、7月からここ最近まで考えていた。
頼りになるショップから、gorbuscha 狙いのお誘いがあって、
海なら目先が変わるだろうと思い、即返事をしたのだった。


そこは、大自然の雄大さと、多種多様な命を包含する、
圧倒的な美しさだった。立っているだけで幸せだった。

そこそこに見込みがないとの判断で、各所ポイントを授かり、
解散となった。

その後、鱒川氏とウェーダーの塩抜きがてら、河へ入ろうということに。
ここでの体験が私の迷いを解決する機動力につながった。
深み、浅瀬、流心脇、流れ込みなど、状況に応じた戦略が必要になり、
対する武器も備えるべきだし、鱒川氏より、
「やり始めの今は、スタイルにこだわらず、何でも試してみるべき」との
アドバイスを頂き、帰宅後は座学で作戦立案と装備強化に熱中した。

撤収前に寄った片田舎のレストラン。
自分はこう言った自然派志向むき出しの場合、しばしば閉口する。
客に対しても排他的というか、「仲間内で楽しめていればハッピー」感が、
すごく鼻につくから。でもここは違った。



疲れ果てた我々の体にカレーのスパイスが、薬になってくれた気がした。




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8 月のお盆も明け、うずうずしていた最中に鱒川氏との釣行。
Heavnly Gift とでも言おうか、パラダイスだった。


いないはずはないと断言できた。
立てた戦略もまずまずの成果を発揮してくれた。




我々は、ダウンクロスに釣り下り、たくさんの Mykiss や Leucomaenis が遊んでくれた。



ここの、魚たちは非常に魚体が美しく、鰭の先までつややかで張りがあった。


久々に、疲れ果てた。しかしながら、迷いもいくらかなくなり、
釣行に集中できるようになったように思う夏だった。





2012年8月5日日曜日

贅沢な週末

この所、雨雲が我々の週末スケジュールを左右する。
しかし、このような美しい昆虫たちを見ていると、
どうしても、川に立っていたい衝動に駆られるのである。


これまで、良い思いをしてきた河川はどこも濁りが出ているという。
釣友と相談し、久々の河川のしかも上流に足を運んだ。
息を呑むような、まるで日本ではないかのような情景に、しばし見とれる。
ここは、北欧のツアーカタログにでも出て来そうな…
我を取り戻し、そそくさとラインを出しながら、
丁寧にトレースしてみたが、答えてくれる者は無かった。


この後、我々は更に上流に探索に向かった。
「最終地点とは一体、どんなところだろう」と向かってみると、温泉だった。





恐らく訪れる機会は今後、ほとんど期待できない事を会話が無くとも、
互いに認識していた。示し合わせたかのように、ウェーダーを脱いだ。
この日は、水温も低く、日差しもまばらだったため、釣行中は寒かった。
この所、立ち込んでいると左膝に痛みを感じていたが、
入浴後、それが消えていたのには心底驚いた。
本州から鉄馬に乗ってこられた方や、
想像するに道内の温泉を巡っているとおぼしきグループの方々と、
歓談しながら秘湯に浸る時間は、贅沢きわまりないものだった。
釣行中であった事を思い出し、次なる河川へ赴いた。


この日は、新しい楽園とも言うべき2kmに届かない流れを堪能した。
私は懲りもせず、翌日も赴いた。何度もアタリはあるものの、
ノリが悪く、悪戦苦闘していると、上流から、ラフティングボートが2艇!
絶好のポイントを下っていった。久々に脳内で自身が崩れ落ちた。
それでも、遊んでくれる鱒が居たのは、
消えかかったモチベーションを多少なり回復してくれた。




20cm程度ではあるが、ランディングしてサイズを目の当たりにするまで、
どこに、ファイティングパワーがあるのか不思議な位、手こずらせてくれた。


この者を育んだ河川に対して、
また、フライフィッシングによってこのような贅沢な時間を過ごせる事に、
感謝する日々である。
しかし、環境について少し感じる事がある。  「ごみがひどい」
ラフティングボートが下ってきたのは2回目であるが、
それは釣りにとっては困った事ではあるものの、
鱒が居なくなったりする訳ではない。
天を仰いで、次回に期待すればいいのである。

この所、各所で目にするテグスや仕掛けの投げ捨て。
手の届かない木の枝や河床の根掛かりならいざ知らず、
岸辺や草木に絡んだものなら回収すべきではないだろうか?
更に煙草の吸い殻やカップ麺の容器 etc


直接、手で回収するのは嫌なので、
何かそういったものをつまんで拾って帰って来られる物を考案しよう。


捨てる事に何のためらいも感じない人の耳元で、
注意をしたところで、変わる事は無い。私はそう確信している。では、
汚す人の2倍、回収する人が居れば、少しは汚染の抵抗力となるか?

贅沢な時間を過ごす一方で、
そんな光景も見ざるを得ない最近の釣行であった。